Дорогие друзья!!
皆さま、いかがお過ごしでしょうか😌

週末、選挙ですね。
社会の行方や、
誰に期待するのかを、
あらためて考える時間でもあります。
そんなとき、ふと思い出すのが、
ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》です。
この作品はしばしば「革命の音楽」「英雄讃歌」として語られますが、その内側には、政治に理想を託したことの虚しさが静かに刻まれています。
《英雄》は当初、
ナポレオン・ボナパルトに献呈される予定でした。
フランス革命の理念を体現する存在として、ベートーヴェンは彼に強い期待を寄せていたのです。
しかしナポレオンが皇帝に即位したと知った瞬間、その名は表紙から激しく書き消されました。
この逸話が示しているのは、
単なる政治的失望ではありません。
むしろ、期待の置きどころを失った人間の姿そのものです。
それでもベートーヴェンは、この交響曲を捨てなかった。
英雄という言葉は、特定の人物から切り離され、音楽の中に抽象的な概念として残されます。
音楽学者チャールズ・ローゼンが指摘するように、
ベートーヴェンは晩年、
すでに時代遅れになりつつあった作曲様式をあえて使い続けていました。
ヴェーバーやフィールドら若い世代が離れていった形式を、彼は極端なまでに簡潔に提示し直し、
その限界を押し広げていったのです。
それは、新しさを追い求める姿勢ではありません。
流行から距離を取りながら、過去に身につけた言語で、なお語り続けるという選択でした。
耳が聞こえなくなり、ウィーンの音楽界から次第に孤立していったベートーヴェンは、50歳の頃には、すでに別の時代に属する人間のように見えていたといいます。
それでも彼は、
政治や時代に過剰な期待を託すことなく、
音楽そのものに問いを残しました。
社会が大きく揺れ動くとき、
私たちはつい「英雄」を求めてしまいます。
けれど音楽は、答えを与えるよりも先に、
立ち止まり、考え続けるための問いを、
そっと差し出してくれるのかもしれません。

発表会でいただいたお花💐 今日も綺麗です✨