
Дорогие друзья!
皆さま、いかがお過ごしでしょうか😌
先日、パティーナ大阪の「にじり」にて開催された煎茶の会のお手伝いに入っていました。
大阪を拠点に、煎茶文化を通して詩・書・画の世界を今に伝える<文人会一茶庵>
の文會。特別な時間でした。
干支「午」にちなみ、
「一滴のお茶から、吉祥を祈る」。
“うまくいく一年になりますように”という願いを、一服のお茶に託す。
静かな所作の積み重ねの中に、確かな時間の流れを感じました。


この煎茶の会に身を置きながら、ふと岡倉天心の『茶の本』のことを思い出していました。
『茶の本』は主に抹茶文化を背景に書かれたものですが、天心が語っている「茶」とは、特定の作法や形式を超えた、生き方そのものだと感じています。
天心は、人生を理想や完成へ向かう直線としてではなく、
「身の回りの状況を調整しながら生きる営み」として捉えていました。
嘆かわしい現実の中にあっても、なお美を見いだそうとすること。
そこに、茶の精神があるのだと。
思えば私は、幼い頃から茶のある空間に身を置いてきました。
祖母はお茶を嗜み、実家には茶室がありました。
小さい頃から、お運びを手伝うのは日常の一部でした。
そして、少し不思議なことに、私はその茶室にピアノを置いて練習していた時期があります。
実家のピアノレッスン室は、母が使っていたため、自然とそうなりました。
畳の上、静かな空気の中でピアノを弾く。
今思えば、それは決して整った環境ではなかったけれど、
与えられた状況の中で折り合いをつけ、音と向き合う時間だったように思います。
結婚後、主人が煎茶家であることもあり、茶会のお手伝いに入るようになりました。
そこで流れる時間は、音楽ととてもよく似ています。
完璧を目指すのではなく、今この瞬間に集中し、微細な変化に耳を澄ますこと。
調整の連続の中で、束の間の調和が生まれる。
音楽活動もまた同じです。
音楽だけでなく、経済のこと、人との関係、健康のこと。
さまざまな条件の中で、私たちは生き、音を奏でています。
そこに完成や到着点はありません。
それでもなお、日常の中に美を見いだそうとすること。
それが、音楽家としての時間の引き受け方なのではないでしょうか。

1月31日には、地元・高松にてピアノの発表会を予定しています。
大先輩であり、大尊敬の母の発表会に参加させて頂ける次第です。
世代を越えて積み重ねてきた時間が、ひとつの場で響く、そんな一日になればと思っています。
茶の時間も、音楽の時間も、
不完全な世界の中で、美を探し続ける営み。
そのことを、あらためて感じさせてくれた文人煎茶一茶庵の文會でした。
ピアノ発表会、お時間が合いましたら、ぜひお聴きいただけましたら幸いです。
#パティーナ大阪 #にじり #文人煎茶 #ピアノ発表会